
今日も引き続き長崎県からこのメルマガお届けします。
初日は長崎の北側に位置する佐世保市を訪れ、動物園や水族館で動物たちと触れ合い、遊覧船からの九十九島の素晴らしい自然を堪能させていただきました。

二日目はハウステンボスを訪れ、歌劇団の歌と踊りに感動し、アトラクションに夢中になっている子供たちを見守りつつ、ハウステンボスの取り組みを学び、1日の間に本当にさまざまな貴重な経験をさせてもらいました。

まだ二日しか経っていませんが、長崎に来てからまるで1週間以上経っているかのような感覚になっています。
そして、今日は午前中から以前から行きたいと思っていたある場所を訪れました。
それは長崎原爆資料館・長崎市平和会館。

ただ、ここに行くかどうかということは、実は最後までちょっと迷っていたんですよね。
というのも、僕と奥さんは満場一致で一度は訪れたいと話していましたが、まだ子供たちがこうした場所に行った時にどんな反応をするか?ということが予想しきれなかったことがあります。
今山崎家の子供達は長女が9歳、次女が7歳、長男が4歳。
戦争や原爆のことは話では聞いたことがあってもまだ本格的な知識は全くありませんし、長女も学校でも戦争に関する歴史の授業はまだ始まっていません。
こうした段階で事実とはいえ、当時の悲惨な状況を見るのは幼い子供たちにネガティブな影響を与えてしまう可能性もゼロではないと思ったんですよね。
ただ、やっぱり日本人としては過去の戦争についてもしっかりと学び、向き合わなければいけないと思いますし、これから大人になる前にこうした場所に行くことは長期的にはプラスの方が大きいと信じて今回行くことに決めました。
というのも、しばらく前に「火垂るの墓」の絵本での読み聞かせは何度かしたことがありますし、子供達は映画でも何度も火垂るの墓を見ています。

こうしたことをきっかけに戦争や原爆についても話をしたことがあるので、逆に良いタイミングになるとも思いました。
それでもセンシティブな内容にはなるので、爆資料館に訪れた時にもその後にもしっかりとフォローしていこう、ということだけは決めました。
そして、僕自身も日本の歴史や世界の歴史、そして戦争や原爆についてもまだまだ学び途中であり、特に長崎の原爆投下については知識も浅い状態。
大学が山口県にあったこともあり、隣の県の広島平和記念資料館には行ったことがありますが、当時はまだ歴史認識も浅く、ただ館内を回って終わらせてしまい、すごく勿体無いことをしてしまいました・・・
恥ずかしながら、社会人になってからも歴史についての認識はとても浅く、本格的に学び直したのは起業をして数年経った後から。
なので、本当に最近やっと日本や世界の歴史や文化、宗教についての知識や理解が少しずつ深まってきている段階なんです。
それでもどんな分野もそうですが、歴史も学べば学ぶほど知らないことがどんどん出てきて、歴史認識も国が変われば全く違いますし、国内でも全く違う捉え方をしている人もとても多いです。
今まで仕事や経済、健康分野については自分なりに学び、実践し続けていることもあり、理論や哲学を確立できつつあるところもありますが、こと歴史についてはまだまだ。
本当に学べば学ぶほど終わりのない沼に入っていくような感覚があります・・・
だからこそ興味が惹かれるし、一次情報として自分の目で実際に見ることがとても大事だと思っています。
学生時代や社会人なりたての昔の自分だったら多分長崎に来ても爆資料館や平和会館に訪れようとは考えていなかったと思います・・・
実際に爆資料館や平和会館を訪れると、やっぱり座学だけで学んでいるのとは全然違うインパクトがあります。

原爆投下直後の1945年8月9日の11時2分で止まった時計。
手の骨がくっついた溶けたガラスや原爆の後遺症を負った方の実際の写真、幼い子が残した両親や家族への手紙・・・
つい目を背けたくなるようなものもたくさん展示されています。
また、被爆の惨状や投下までの経過や復興の様子、核兵器開発の歴史なども詳しく知ることができます。

教科書には書かれていない、さまざまな事が多く描写されていて、非常に勉強になりましたし、各展示を見ていくと何とも言い表せない複雑な心境になりますが、それでも日本人であればやはり一度は訪れるべき場所だと痛感しました。

子供たちもそれぞれ自分の感覚で
「この人原爆で死んじゃったの?」
「戦争でアメリカにやられたの?」
「かわいそうだね・・・」
と、言葉足らずですが、色々なことを感じたようでした。
この子達はこれから本格的に日本や世界の歴史を学んでいくことになりますが、このタイミングで実際に長崎の原爆の歴史に触れることができたのはきっと大きな財産になると思います。
そして僕自身もこれからもより日本の歴史について学びを深め、正しい歴史認識を持ち、大先輩たちが作り上げ、守ってきた素晴らしい日本をこれからの若い人たちに引き継げるよう、1日1日を一生懸命生きなければいけないと思わされました。
今日はちょっとしんみりした内容になってしまいましたが、長崎原爆資料館および平和会館も一人でも多くの方に訪れていただきたいと思います。
今日も最後までご覧いただきありがとうございます。
PS.
このブログは資料館から移動し、長崎の南に位置する伊王島の海岸から書いているのですが、子供たちはここにきてからずっと海岸で貝探しに夢中になっています。

平和であることのありがたみを実感します・・・
コメント
「戦後80年目。初めて訪れることができました。」への1件のフィードバック
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Profile
山崎拓
1982年長野県生まれ。安曇野市在住。
Natural Lounge代表、ストールコンシェルジュ。
3児の父。
天然繊維100%ストールが大好きでほぼ一年中巻いている。
趣味が仕事で、休みより仕事をしているほうが楽しく落ち着くという仕事大好き人間。
情熱がある分野はビジネスや健康、教育関連。
好きなことは読書、Mr.Childrenの音楽鑑賞、家族サービス、旅行。
肌に直接身につけるものはもちろん、食べ物や生活スタイル全般を出来るだけ健康的で自然に沿ったものにできるよう日々自分自身でも様々なことを試し、顧客にもその効用を伝えている。
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天然繊維100%ストールが大好きでほぼ一年中巻いている。
趣味が仕事で、休みより仕事をしているほうが楽しく落ち着くという仕事大好き人間。
情熱がある分野はビジネスや健康、教育関連。
好きなことは読書、Mr.Childrenの音楽鑑賞、家族サービス、旅行。
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こんにちはー☀️
こちらもすっかり秋らしく……
いや、急に寒くなってびっくりしています😱
松本も朝晩は冷え込んで来たでしょうね😌
長崎、行ってみたいですね〜😊
ちゃんぽん、皿うどん、ハンバーガーに、海の幸山の幸……美味しそうです😋
食べることばかり頭に浮かぶ🍴
それより何より、私も長崎の原爆資料館などに興味があり、行ってみたいんですよね😌
広島の原爆ドームや平和記念資料館は行きましたが、その時にいつか長崎にも行きたいと思ったんです。
ですが、まだ行けていません💦💦
小さな子供さんたちもいろんな感情が一気に出た瞬間でしたね😌
大切なことと認識してくれるだけで今は十分ですね😊
私も火垂るの墓の絵本も映画は何回も観たのですが、その度に涙がこぼれます😢
小さい頃に祖父から満州へ戦争に行った話を聞かされ、軍歌を教えられ(苦笑)ていました😅
軍歌……今も歌えそうな私💦
絶対に日本に帰りたいと思いながら、満州に出兵したと言っていました🚢
帰国する船に乗り、日本に着いた時は声をあげて泣いたそうです😭
ただ、どうやって満州で暮らしたとか、どう戦っていたとかは詳しく話してくれなかったんですよね😒
言いたくなかったのでしょうね😥
祖父の軍服姿の写真があり、とても格好良くてハンサムでした(笑)
妹と今でも通用するイケメンだよねと話したことがありました😆
お子さんたちが気持ちを切り替えて、海で貝殻拾いに夢中になってくれたのは良かったです🐚
なんとほのぼのとしたお子さんたちの姿😄
難しいことはもう少し大きくなり、学校で学んで記憶に残してくれたら良いですね✎📖
三重 近藤