本物のカシミヤはどのように作られているのだろう?
僕たちはカシミヤストールを扱う上でカシミヤ原毛がどのような場所で生産されているのか、そしてその原毛がどのようにストールとなっていくのか。
その原点を知りたいと思いました。
様々な書籍を読み、近くにある信州大学の図書館へ通い、もちろんインターネットからも情報収集をしました。
そして調べていくうちに、インド・ラダックという一つの地名にたどり着きました。
よし、実際に行ってみよう。
そう思い立ってすぐに現地へ向かったのが、2012年の夏。
それはNatural Loungeを始める前の年の事です。
それから2,3年に1度現地を訪ね、実際の生産者の生活や文化を身を持って経験し、ストールができるまでを追っています。
一番最近では2024年の8月に4回目の訪問をしました。
ヒマラヤ山脈という大自然と、そこで何百年も暮らす人々が育んだインド・ラダック産カシミヤ原毛。
そして、その最高品質の原毛を使い、何百年も昔から伝わる伝統の技で織られる手織りカシミヤストール。
15世紀以降、インドを代表する貿易品として世界から高く評価されてきた最高級カシミヤストールが変わることなくその場所にはありました。
カシミヤ原毛生産者を求めて
カシミヤ生産者が暮らすインドラダック地方は、ヒマラヤ山脈とカラコルム山脈に挟まれた場所にあります。
そこにチベット民族の人々が多く暮らし、ヒンドゥー教徒や、イスラム教徒が大半を占めるインドで、仏教の中心地として大切な役割を果たしています。
インダス川沿いに街や村があり、生活用水を確保するために彼らは何百年も昔からインダス川とともに歩んできました。
さらに、この地域が外国人に解放されたのは1970年代と最近で、今もなお昔ながらの生活習慣や文化が残っているという点で文化的価値のある地域となっています。
そして、この地域で古くから変わらない環境で育てられているのが、カシミヤ原毛です。
ヒマラヤ山脈の麓、標高4000m以上の過酷な環境で暮らす彼らしか生み出すことのできない、最高品質のカシミヤを探すため現地へ降り立ちます。
まず訪れるのは、インドラダック地方の中心都市である、レーという街です。
何度も訪れている場所ですが、生産者に会うためにはまずこの街で準備をする必要があります。
このベースになるレーですら、標高が3500mと富士山よりも高く、ここで高地に身体を慣らさずして生産者を訪ねることはできません。
また観光客が簡単に足を踏み入れることができるのも、1年間のうち3~4ヶ月の夏の季節だけと非常に短く、それ以外は陸、空ともに移動すら困難な場所です。
冬には氷点下30度以下にもなるこの場所は、大自然の厳しさも同時に教えてくれます。
まずは、現地の環境に慣れること。
そしてカシミヤ生産者が暮らす地域に入るためには、政府の許可が必要です。
許可なくして彼らが暮らす土地へ入ることはできません。
ただそれだけ厳しい環境で彼らは生きているということです。
険しい道のり
生産者を訪ねるには、まだ薄暗い早朝にレーを出発します。
訪ねるまでの道のりは非常に険しく、夜になると郊外の道に街灯はありません。
ベースの街レーを出発し、僕たちを乗せたジープはどんどん山の方向へ走っていきます。
森林限界は標高3000mから3500mと言われていますが、ここは既に4000m付近。
見渡す限り岩肌剥き出しの山ばかりです。
車を走らせて行くと小さな村を何度も通過します。
道中全く草木が生えていなくても、村が近づくと緑が見え始めるのでそこに人が暮らしているということが遠くからでもわかります。
生産者は移動しながら生活しているため、彼らを見つけるためには実際に行く以外方法はなく、村人達から情報を得て進みます。
今年も無事会えるだろうか。
そう思いながら雄大なヒマラヤ山脈を横目に、僕たちを乗せたジープは先を急ぎます。
遠くから見る雄大な景色にはのみ込まれそうな感覚になり、近くで見る岩肌むき出しの風景には大自然の威圧感を感じます。
ベースの街を出発して4時間。
手付かずの自然、人工物のない道をひたすら走り続け、見たことのない景色の連続に気がつけば無言でシャッターをきっていました。
そして標高が5000m以上の場所も越えていきます。
どんどん標高が高くなり、道も険しさを増していきます。
ガードレールもない悪路、一歩間違えれば谷底へ落ちる危険性のある道。
街灯がなくては、とても夜車が通れるような場所ではありません。
変わりやすい山の天候、この先に人が暮らしている場所があるんだろうか?
一度目の訪問の時、この先に人が暮らしている場所があるとはとても思えませんでした。
そして道中もっとも標高の高い場所へたどり着きます。
その標高は5360m。
写真では笑っていますがいくら呼吸しても肺に酸素が全然入ってきません。
経験したことのない環境、体は重く、一歩一歩足を前に進めるのも大変です。
更に悪路を走ること3時間。
運転手が遠くに何かを見つけました。
その指さす方向を見るとそこにはテントが張られています。
いよいよ念願のカシミヤ生産者か?
はやる気持ちを抑えてテントにいた人に話を聞くと彼らはヤクを飼う生産者たちでした。
ヤクのミルクは栄養が豊富な上希少で、そのミルクから作られる乳製品は現地で非常に貴重です。
その乳製品を売って生計をたてる彼らはカシミヤ生産者同様、一年中ヤクと共に草を求めて移動しながら生活しています。
ヤクは牛の仲間で標高4000mから6000mの場所にしか生息していません。
ヤクがいるということは、近くにカシミヤ山羊も近くにいるという証拠。
もう少し進めば必ずカシミヤ山羊がいる。
そう確信して険しい道を進みます。
雄大な自然の中に生きる
もう何度も現地を訪問していますが、一番初めに訪れた時のことは今でも鮮明に覚えています。
人生で初めて本物のカシミヤ山羊、そして生産者と出会った時の事です・・・・。
ヤク生産者の元を出発してから更に1時間。
待ちに待った瞬間が訪れました。
おい!あそこにカシミヤ山羊がいるぞ!
ドライバーの一言に、それまでの悪路で疲れ切っていた僕たちも身を乗り出してカシミヤ山羊を探します。
すると沢の周りに広がる草むらに人が1人立っているのが見えました。
え?
カシミヤ山羊はどこ?
車が徐々に近づいて行くと人の周りに広がる小さな白い点が見えます。
ベースの街を出発してから8時間。
草木の生えない、そして人も動物もいない大地をひたすら走ってきた僕たちにとって大自然の中に突如現れたその光景は違和感すら感じます。
更に近づいて行くとその白い点がカシミヤ山羊だということが僕たちにもはっきりとわかりました。
日本を出発してから1週間以上。
いやずっと日本の図書館で文献を探して、カシミヤ山羊の資料を読んできた僕たちにとってはもっと長い間待ち続けていた待望の瞬間です。
初めて見たそれは雄大で広大な目の前に広がる大自然に対して驚くほど小さくて可愛らしい生き物でした。
僕たちは山羊を驚かせないようにそっと車を降り、カシミヤ山羊を見せてもらえないか生産者へ声をかけます。
山羊は想像以上に臆病で、常に僕たちから一定の距離を取りながら地面に生えている草を食べ続けます。
草木の生えない厳しい環境の中でこうして水と草が生えている場所は彼らにとってとても貴重です。
初め僕たちは彼らを驚かせないように遠くからその光景を眺めていました。
ヒマラヤ山脈から流れてくる綺麗な川の水を飲む親子山羊。
草を食べるのに夢中でお母さん山羊を見失って泣く子ヤギ。
生産者の声を無視して群れから離れて崖へ登って行く山羊。
車も電車も人もいないその空間にはただ川を流れる水の音と山羊が草を食べる音、そして山羊の声が響いていました。
すると何もしないで立っていた僕たちに慣れてきたのか少しずつ彼らが近づいてきました。
敵ではないとわかってくれたようです。
さすがに触ることは難しいので近づいてきた山羊を驚かせないように引き続きしゃがんで観察します。
遠くから見るとわかりませんでしたが白い毛の山羊、茶色、グレイ、そして黒い山羊がいます。
更に驚かされたのが彼らの体の小さいこと。
大人の山羊でも僕たちの膝くらいまでしかありません。
そしてやはり一番気になったのがフワフワした綿あめのような毛並み。
触らなくても柔らかな毛質だということがわかります。
すると生産者がカシミヤ山羊を連れてきて僕たちに抱かせてくれました。
待ちに待った瞬間。
どんな感触なんだろうと緊張しながら山羊を抱きます。
抱きしめた手がスーッと外側の毛をすり抜けて内側に生える内毛に触れます。
今まで経験したことのないふんわりとあたたかな感触が手を包み込みました。
思わず僕たちは顔を見合わせて笑顔になります。
これめちゃくちゃやばい。
今でも覚えていますがそれが僕達の口からでた最初の言葉でした。
今まで経験したことのない感触に表現が見つかりません。
そして初めての出会いはあっという間に時間が過ぎました。
彼らは放牧中。
街灯もなく、夜になると一気に気温が下がるこの場所では生命に関わるため日が落ちるまでに家に帰らなくてはいけません。
突然来た僕たちに放牧中の貴重なカシミヤ山羊を触らせてくれた生産者にお礼を伝え、次へ向かう彼らを見送ります。
初めて出会ったカシミヤ山羊。
そして僕たちにとって初めて出会った生産者は17才の女の子でした。
今まで何度も現地へ行き、様々な生産者を訪問しましたが、この一番初めの出会いが僕達にとって忘れられない思い出です。
大自然と生産者が時間をかけて育むカシミヤ
インド・ラダック地方のカシミヤ山羊生産者は、標高4000m以上、冬場の気温がマイナス40度以下になる場所で山羊と共に暮らしています。
これは現地ではよく聞く話ですが、過去にもっと標高の低い場所で生産を試みたことがあったそうです。
ただその結果、カシミヤ山羊の毛質が変わり品質が落ちることがわかり、現在も昔から変わらない場所で生産者はカシミヤ山羊と共に暮らしています。
そして長い厳しい冬を越え5月、6月には一年に一度の採毛が行われます。
森林限界で限られた草木を求めて彼らは移動をしながらその日まで極上のカシミヤ原毛を育てています。
彼らは朝テントを出発し、日が暮れるまで山羊を連れてひたすら歩き続けます。
ただそこは、標高4000m以上の場所。
もちろん普通の人間が100m歩くだけでも厳しい環境です。
僕たちもこれまで生産者に同行した事がありますが、どんどん進む山羊についていく事がやっとでした。
ただ生産者は1日中外敵から山羊を守るため、道なき道を山羊と共に歩きます。
指笛を吹いて山羊を誘導する彼らの姿は非常にたくましく、その仕事ぶりは圧巻です。
そして、さらに驚かされるのは彼らが生活しているこの土地の美しさ。
カシミヤ生産者は湖や川の近くに移動する事が多いのですが、その景色は日本では見たこともないような絶景です。
澄んだ空気。
ヒマラヤから流れてくる綺麗な雪解け水。
こんな雄大な大自然で大切に育てられるカシミヤ原毛、貴重でないはずがありません。
そして生産者は厳しい環境の中でも、毎日日が昇ると山羊を連れて山へ生き、日が沈む頃にテントのある場所へ山羊と共に帰ってきます。
もちろんいくら慣れているとは言っても、非常に危険が伴う仕事です。
家で待つ家族は夕方になると、戻ってくる山の方を眺め彼らの姿が見えると出迎えます。
彼らはこの場所で何百年も同じ方法でカシミヤ原毛を生産しています。
そしてこのラダック地方で生産されるカシミヤは、古くからパシュミナと呼ばれ世界では最高品質の原毛と言われています。
この地域に暮らすチャンパと呼ばれる人々が何世紀もかけて育んできたパシュミナは、大自然と人々が生み出す宝物です。
最高級の織物が生まれる街
ラダックで大自然と人々が長い時間をかけて生み出した貴重なカシミヤ原毛は、年に1度の採毛が行われれた後、綺麗に洗われ、色ごとに分けられます。
そしてその原毛を実際に糸にし、木製の織機で熟練の職人が織ったものがNatural Loungeでも取り扱う手織りカシミヤストールになります。
原毛の生産は先述した通り、インド・カシミール州のラダック地方で行われ、実際にその原毛を使った織物は同じカシミール州の都市シュリーナガルに運ばれ織物になります。
同じカシミール州でもシュリーナガルはイスラム教徒が多い街。
決められた時間になるとどこからともなくコーランが聞こえてきます。
標高は1500mほど。
レーから移動すると緑の多さに気がつきます。
また、ここカシミールは古くから中央アジアと中国、東南アジアをつなぐ要衝の地として栄えた一方で、自然の要塞と言われるほど交通の便は悪く、今でも他の街への移動には危険な道を通らなければなりません。
ただその厳しい環境こそが、独自の文化を築き、何世紀にも渡りその文化が守られてきた理由です。
シュリーナガルは日本でも紛争地域としても知られている場所ではありますが、実際に現地へ行くと自然が豊かで、街を歩けば学生達が公園で話をしていたり、子供達がクリケットをして遊んだりと穏やかな時間が流れています。
そして、この土地の人々は先祖代々手先が器用で地元には様々な工芸品があります。
シュリーナガルは自然豊かな場所のため木材を使ったものや、ペーパーワークと呼ばれるものがあり、街には工房やショップが軒を連ねています。
彼らはこの地で暮らしていくために、高度な伝統技術を受け継ぎながらこの地で生きてきました。
そしてこの街で生み出されるあるものに何百年も前から世界中の人々は魅了されてきました。
それがカシミール織物です。
ジャムダニ織りや、ガンジス川が流れるヴァラナシのシルク製品などインドには地域ごとに様々な伝統織物がありますが、カシミールの織物は別格です。
シュリーナガルの高い織物技術と、ラダックのカシミヤ原毛から生まれる織物は、古くは王族への献上品として、そして大航海時代には世界中の国々との貿易品として海を渡りました。
そしてその魅力は数百年経った今でも色褪せることなく、世界中のファッションへ大きな影響を与え続けています。
僕たちは、Natural Loungeを始めた当初からこの地にも定期的に訪れ、最高級の織物がどのように織られているのか、現地で確認をしています。
最高品質のカシミヤから作られる手織りカシミヤストール
ラダックから届いたカシミヤ原毛は、ここシュリーナガルで糸になります。
現在は機械も発達し、細くて繊細なカシミヤ原毛を糸にする技術がありますが、昔から現地の女性が伝統的な手法で糸を紡いできました。
現在も地元の糸を販売しているお店へ行くと、地元の女性が紡いだカシミヤ糸を持ち込む姿を見かけます。
その取り扱い方がとても丁寧なのは、カシミヤ原毛がどれほど貴重なのか彼女達も知っているからです。
下の写真は以前現地の女性に実際に糸を紡いでいるところを見せてもらった時の写真です。
糸車を右手で回しながら左手で器用に糸を伸ばしていく繊細な仕事で非常に貴重な写真です。
協力してくれた女性は88歳のセダさん。
糸作り歴75年の大ベテランです。
話しながら笑顔で簡単そうに糸を紡いでいましたが、まず両方の手が違う動きをしているということ。
そして、左手は糸に強度を与えるために捻りながら糸を伸ばしていく技術は圧巻です。
あのラダックで育ったカシミヤ原毛が、こうして糸になっていく。
一つの織物が出来上がるまでの工程にはたくさんの人が携わっています。
そして糸になったカシミヤ原毛は機織り職人の元へ渡り、ようやくストールが織られます。
機織り職人達は、街の中心から離れた郊外にある自宅兼工房でストールを織っているため、工房が近くなると、「カタン、カタン」と心地良い機織りの音がどこからともなく聞こえてきます。
そして工房に入るとすぐ目に飛び込んでくるのが木製の手織り機。
織り機は年季が入っいて、先祖代々受け継がれているものだということがわかります。
こうした工房がシュリーナガルにはたくさんあり、どの工房を訪ねても綺麗に経糸がセットされた織り機を見ることができます。
そして職人は慣れた手つきで、カシミヤ糸のついたシャトルを飛ばし、一本一本丁寧に織りこんでいきます。
チェック柄など複雑な柄を織るときは、異なる色の糸が付いたシャトルを交互に使い分けながら織るためより複雑です。
彼らは慣れた手つきで次々とシャトルを飛ばし一枚のストールを織っていきますが、均一に織られた織り目をみると技術の高さがわかります。
こちらは実際に機織りをしている職人の視点から撮影した写真。
柔らかくて繊細なカシミヤの糸が美しくセットされ、床が透けて見えます。
原毛は機織り職人たちにとっても希少で高価なもの。
少しでも無駄を出さないよう大切に扱われています。
こうして、ラダックで生まれたカシミヤ原毛はストールへと形になっていきます。
丁寧に糸を紡ぎ、高度な技術で織られた生地は一般のカシミヤとは異なり、非常に丈夫です。
まとめ
1枚のカシミヤストールが仕上がるまでにはここで紹介した工程以外にも、原毛の段階での糸の選定や、染色、洗い、仕上げなどいくつもの工程を経て形になっていきます。
また繊細なカシミヤストールを扱う以上、そのどれもが人の手によって行われる非常に時間のかかる仕事です。
ご覧いただいた通り、原毛は大自然と生産者が長い時間をかけて生み出した最高品質のカシミヤ原毛。
そして、先祖代々受け継がれて来た繊細な技で一枚のカシミヤストールを織る職人。
大自然の中でゆっくりと育まれてきたカシミールの伝統が今も世界中の人々を魅了するストールを常に作り続けています。
インドには大自然と伝統の技が生み出す最高品質の手織りカシミヤストールがありました。
手織りカシミヤ生地に手刺繍を施したカシミヤ手刺繍ストールについてはインド・カシミールに伝わる伝統の手刺繍カシミヤストールに詳しくまとめています。
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