「あれだけ細い絹糸を織り、刺繍する技術はバラナシにしかない」
インド・バラナシ
インドには今もなお伝統的な服飾文化が各地に残っています。
気候が寒い地域はウールやカシミヤ素材の織物文化があり、東や西の温暖な地域では綿や麻、そして絹織物の生産が盛んです。
これまでもNatural Loungeではインド・カシミール地方のカシミヤ生産者、西ベンガル地方のジャムダニ織生産者などを訪ねてきました。
そして今回訪問したのはガンジス川が流れるバラナシという街です。
インドの人々にとってガンジス川は聖なる存在。
ガンガーを求めてバラナシにはインド中から人々が集まってきます。
それは何百年も昔から変わりません。
そんな街でガンガーと共にインドの人々を魅了してきたものがあります。
それが絹を使った織物です。
「あれだけ細い絹糸を織り、刺繍する技術はバラナシにしかない」
バラナシの織物の素晴らしさはこれまで他の地域を訪問するたびに聞いてきました。
人々を魅了し続けてきたバラナシの服飾文化。
それは一体どのようなものなのか。
今回は通常立ち入ることが難しい工房の様子とともにご紹介していきますので、実際に現地へ行ったつもりで読み進めていただければ嬉しいです。
それではまずバラナシがどんな街なのか一緒に見ていきましょう。
「インドの人々にとって憧れの街バラナシ」
バラナシは、インドの首都デリーから約850km離れた場所にあります。
以前電車でも行ったことがありますが所要時間8時間のところ遅れに遅れて13時間ほどかかりました。
(そこはさすがインドの長距離列車です)
国土の広いインドでは車や電車での移動は1日〜2日、場所によっては3日かかる地域もあります。
今でも電車やバスでの移動に遅延はつきもの、今回はそういったリスクを避けるためデリーから飛行機でバラナシへ向かいます。
今年の1月も飛行機でバラナシへ行く予定でしたが、冬場は霧がひどく視界不良で直前になって飛行機が欠航となり行くことができませんでした。
今回は無事辿り着くことができるのか。
期待と不安を抱きつつデリーを出発しました。
以前ヒマラヤ山脈の麓に暮らすカシミヤ生産者を訪ねた時は、機内から雄大な山々を見ることができましたが、今回はインドの田園風景が広がっています。
地域によって様々な顔があるのもインドならでは。
今回はどんな出会いがあるのか、この景色を眺めて更に期待は高まります。
そして移動すること約1時間。
以前電車で13時間もかかったのが嘘かのようにあっという間にバラナシ空港に到着しました。
降り立ってまず感じたのはジメジメとした暑さ。
今回訪れたのは5月ですが、数日前にはデリーで49.9度を記録しました。
そんなデリーよりもバラナシは湿度が高く、空港から外に出た瞬間噴き出すように汗が出ます。
初日はまず取引先に顔を出して、久しぶりのバラナシをゆっくりと歩くことにします。
その町の音、空気、匂い。
実際に歩くことでどんな町なのか肌で感じることができるからです。
これまでも僕らはこうしてインドを肌で感じてきました。
デリーでは見かけることのない色形のリキシャ。
ここ数年デリーではサリーを着ている人を見る機会が減りましたが、バラナシではサリーを着ている女性を多く見かけます。
到着したのが夕方だったため、取引先への挨拶を軽く済ませた後宿へ向かうことにしました。
今回宿泊する宿はガンジス川のほとりにあるホテル。
これまで2度バラナシには来ていますが、残念ながら2回とも美しいガンガーの姿を見ることはできていません。
「バラナシに行くなら早朝のガンジス川は見た方が良いよ」
僕がバラナシへ行くとデリーの取引先で話すと皆口を揃えてそう言いました。
彼らにとって聖なる存在であるガンジス川。
そんなガンジス川の素晴らしい景色を眺めることができたら、より彼らの思いやバックボーンを知ることができるかもしれない。
そう期待して向かいました。
右も左もわからない僕を取引先のスタッフが宿まで案内してくれたのですが、宿への道のりは迷路のように入り組んでいました。
彼を見失ったらここから出れないんじゃないか。
そんな不安さえよぎります。
ただふと上を見上げてみると洗濯物が干してあったり、狭い路地でも子供達が遊んでいたりとそこには地元の人々の生活がありました。
色鮮やかに塗られた壁。
この個性的な色合いや建物がバラナシに来たのだと実感させてくれます。
そしてその狭い路地を何度も曲がって進んでいくと目の前が明るくなりました。
もしかして・・・
期待に胸を膨らませて足をすすめると目の前にガンジス川が広がりました。
これがインドの人たちが憧れるガンガーか。
ゆっくり流れる雄大なガンジス川。
狭い路地を抜けていきなりこの景色が目の前に広がった効果があったのかもしれません。
これまで見てきたどんな川よりも広く感じました。
ガンジス川で沐浴をする人々。
ガンジス川に向けて凧揚げを楽しむ少年。
なんとも言えない心地よい時間が流れていました。
そして日が落ち始めると数秒ごとに目の前の色が変わっていき幻想的な風景が目の前に広がっていきます。
言葉にできない美しさ。
何百年も昔にタイムスリップしたような気分になります。
長い月日を経てもから変わらないこの風景。
奇跡の手仕事と出会うのにふさわしい最高の雰囲気。
この街にはどんな美しい手仕事があるのだろう。
その思いはガンガーの美しい夜の風景と共にますます強くなりました。
「想像を超える衝撃の手仕事」
そして迎えた当日。
取引先で来春ストールの打合せを済ませてから念願であった生産者を訪問することにしました。
今回見させて頂くのは僕らがずっと注目していたバラナシの刺繍職人の工房です。
今回特別に工房を案内していただけることとなりましたが、実は承諾してもらうのに1年以上かかりました。
ただそれほど彼らにとって特別な技術。
今後いつ見せてもらえるかわからないかと思うと、今回にかける思いはより強くなります。
そして工房へ向かいます。
取引先のスタッフに案内をしてもらいながら、昨日宿へ向かった時同様に狭い路地を進んでいきます。
案内人がいなくてはとても立ち入ることのできないような場所。
その流れる独特な空気感がより期待値を高めてくれます。
そしてようやく目的の工房に到着しました。
その建物には看板など一切なくただのコンクリート造りの建物。
ここが工房であるとは外観からは想像もできません。
すると工房の若い職人が入り口まで迎えにきてくれました。
もの静かな雰囲気。
案内されるまま薄暗い建物の中を進み階段を登っていくと、そこの一室に木製の枠に大きく張られた生地が現れました。
Natural Loungeでも既に扱っているコットンシルクの薄い生地。
日本で毎日のように見ている生地がここにあることに違和感を感じつつも、見慣れた生地を前に緊張感も和らぎます。
「あの細い絹糸はバラナシの職人でしか織れない」
これまで聞いてきたこの言葉通りの繊細な生地。
この繊細な生地にどのように刺繍を施しているのか。
それは僕らがこのストールを扱い始めてからずっと気になっていたことでした。
なぜなら番手の細い生地はより刺繍が難しいためです。
そしてこの後、彼らの驚愕の手仕事を目の当たりにして僕らは圧倒されます。
今回訪問した工房はサキールさんが営む刺繍工房。
サキールさんは3人の息子、そして数人の職人と共にこの工房で品質の高い刺繍を様々な生地に施しています。
インドの手刺繍というと様々な方法があります。
例えばカシミールのカシミヤを刺繍する職人は膝に生地を置きながら器用に刺繍をしていきます。
またチカン刺繍という刺繍は日本でもお馴染みの丸い刺繍枠を使いながら行います。
そしてサキールさんの工房は、こうして一枚の生地を弛むことなく張り、何人かの職人さんが同時に刺繍を施していく方法です。
写真で見ても床が透けるほどの薄い生地に刺繍をしているのがわかります。
張られている生地をよく見てみると白い模様がついています。
そうです。これが刺繍をしていく元となるデザインです。
木製のブロックプリントで綺麗に下書きのデザインが写されていて、彼らはこの模様に合わせて刺繍をしていきます。
手仕事の手刺繍ストールにはこの下地の染料が少し残ってしまうことがあります。
何も知らずにそれを見ると汚れのように思いますが、それも手仕事の証です。
そして僕自身驚いたのがこの工房で施されている刺繍が全て手刺繍でされているということ。
実はこの工房を訪れる以前は手刺繍かどうかわからない商品に関して「手刺繍」という記載はせずに「刺繍ストール」として販売をしていました。
事前に手刺繍であると生産者から聞いていたものの、あまりにも緻密で繊細な刺繍だったため、機械か手仕事なのか自分達の目で見るまでは言い切れなかったからです。
ただ、その疑念は彼らの手仕事を見て一瞬で晴れることになります。
彼らが用いるのはこの細い鉤針。
以前実際にカシミールを訪れアーリ手刺繍を見たことがありますが、カシミールのアーリ刺繍に使われる鉤針と比べると細く、糸もより細い糸が使われます。
さらに彼らの手刺繍の装飾には小さなビーズが欠かせません。
その小さなビーズの穴に鉤針を通すのにもこの細さがベストなんだそうです。
糸の刺繍、そしてビーズ刺繍も全てこの一本の鉤針で彼らは施します。
そして実際にどのように刺繍を施しているのか見せてもらいました。
待ちに待った待望の瞬間です。
日本でもアリ刺繍と呼びますが、この細い鉤針を器用に扱いながら彼らは一枚の生地に素敵な花を描きます。
右手で鉤針を操り、そして左手で刺繍糸を扱う。
上から見ているだけでは左手の動きはわかりませんがその一連の動きはまさに神業。
初見では目の前で一体何が起きているのかわかりません。
そして驚くのはこの一連の刺繍を施していく速度。
こんな仕事ができる職人はインドだけではなく世界を探してもいません。
右手の動きはもちろん、生地の下にある左手の動きが衝撃的です。
まるでニードル刺繍のような繊細さを彼らが施すアーリ刺繍には感じます。
そして糸の刺繍を終えると次はビーズでデザインの花をさらに装飾していきます。
繊細な手仕事。
このビーズを施していく彼らの技術も僕らのイメージを遥かに上回っていました。
先ほどもお話しした「緻密で繊細な刺繍のため手仕事と言い切れなかった」というのはまさにこのビーズ刺繍の部分についてです。
1枚のストールに使われるビーズの量は数え切れられないほどあり、僕らのビーズ刺繍のイメージではこれだけの数のビーズをどのように手刺繍で付けていくのか想像ができなかったのです。
ただこの技術を見てそれも納得しました。
鉤針をビーズの山を撫でるように動かして、右手だけで鉤針にビーズを通していきます。
ものの2,3秒で10個ほどのビーズが鉤針に通ります。
そしてその鉤針に通したビーズを先ほど刺繍をした部分に装飾していきます。
圧倒されるようなスピードで一つ一つ丁寧に付けられていくビーズ。
その様子も是非動画でご覧ください。
これを最初に見た時正直目の前で何が起きているのかわかりませんでした。
というよりも何度見ても彼らの手先で何が行われているのか分からなかったのが正直なところです。
そして彼らのあまりの技術に呆気に取られている僕を差し置いて綺麗な花の刺繍はどんどん仕上がっていきます。
彼らはこの一つの花をたった10分ほどで仕上げてしまいました。
こんな素晴らしい手仕事が未だに残っていることが驚きです。
そしていつも通りトライさせてもらいましたが、びっくりするほど全くできませんでした。
この映像を撮影させていただいた職人さんは42歳でしたが、彼は18歳からこの刺繍を毎日しているそうです。
そんな彼らが日々追求している技ですから、素人がちょっとやそっとで出来る訳がないんのですが。
百聞は一見に如かず。
この言葉がまさにぴったりの現代に残る美技。
これまでインド各地で織物や刺繍の工房を訪ねてきましたが、彼らの刺繍には本当に驚かされました。
この工房で主に制作されているのがインドの伝統衣装であるサリーの生地です。
その多くは結婚式などお祝いの席で使われる衣装ですが、一生もののサリーをサキールさんの工房で装飾してもらおうと日々多くの依頼がくるそうです。
インドの人々をも幸せにするサキールさんの手刺繍。
そんな彼らの手仕事に出会うことができて本当に良かったと思いました。
まとめ
いかがでしたか?
インドには様々な服飾文化がある。
地域ごとに言葉や衣食住の環境が異なるインドには、いまだに陽の目を見ていない様々な手仕事があります。
彼らは自分達の技術を誰に見せることもなく、先祖代々受け継いできた手仕事を当たり前のように日々黙々と行っています。
ただこんなにも素晴らしい手仕事を一人でも多くの方に知っていただきたい。
そう僕らは思います。
今回ここバラナシで目の当たりにした手仕事は、過去に見たことがないほどの驚くべき技術だと断言できます。
そしてそれは今日あなたにもこの記事を読んで頂いていて伝わったのではと思います。
職人たちが一針一針に込める培った技術と思い。
ここバラナシにも最高の手仕事がありました。
そして記事の最後は、バラナシ最終日の朝見たガンジス川に朝日が登る写真で締めたいと思います。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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